歴史学ってなんだ? (PHP新書)おすすめ度:![]()
(2008-04-29)
歴史に興味があります。
歴史関係の本をよく読みます。
私はこれまで何度か発言してきましたが、
自分は歴史小説が好きなのであって、
歴史(史実)に興味がある事と同一でないと理解しました。
歴史は繰り返すと、誰が言ったのか不勉強ですが、
歴史から学ぶことがあるのは当然のように思っていましたが、
そもそも歴史は本当に役に立つのか、
史実は明らかにできるのか?を考えている方々がいて
それが歴史家だということが分かりました。
少なからず歴史学の知識がつくと、
浅はかですが、歴史小説を純粋に楽しく読めなくなるようにも思ってしまいました。
(2007-12-25)
「歴史を知る事は何の役に立つのか?」
これはランケの実証史学によって歴史学が科学の域に高められた結果、
歴史が物語(歴史小説や伝承・神話・あるいはプロパガンダ的な歴史)と
事実(客観的・科学的な史実追及)に分かれてからずっと議論が続けられている問題だろう。
現時点では秦郁彦氏の言う所の「教訓・説得・娯楽」辺りが無難な答えなのだろうが、
「教訓」は自然科学の法則ほど絶対的なものではなく、一種の経験則程度に留まるし
「説得」は定性的な一例を挙げているに過ぎないと言われればそれまでである。
「娯楽」は確かに有力な所だが、これを基調にすれば「面白ければ真実はどうでもいい」という論すら成り立ちかねない。
ランケとその末裔達の努力で歴史学は「史実を見つける」という点で間違いなく科学となった。
だが科学としての歴史は、物語としての歴史に比べて遥かに需要が少なかったのかも知れない。
「実用性を重んじるな」という著者の意見をランケもまた唱えていた事を思い出しながら、そう感じた。
(2007-05-28)
タイトル通りの内容が、平易な語り口で記述されており、
それぞれに具体例をそれなりに詳細に検討しているので、
興味深く最後まで読める文献である。
特に従軍慰安婦問題を取り上げており、
タイムリーと言えばタイムリーでありがたい。
世界史の第一回の授業で使いました。
そのほかの参考図書は
東京大学教養学部歴史学部会『史料学入門』岩波書店, 2006.
福井憲彦『歴史学入門』岩波書店, 2006.
吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書, 1995.
(2007-03-26)
『使える新書』で教えてもらって読んだが、実にすっきりと歴史学についての見取り図を描いている。歴史好きな高校生がこの本を手引きにして、引用されている「おすすめ本」を読み込んでゆけば、それこそ「自覚的にものを考える」最良の教養が身につくだろう。人文系の大学生であれば、どの分野に進むにしても、知識を深め「センスオブワンダー」としての好奇心を培うのに、うってつけの本だ。塩野七生や司馬遼太郎の小説で歴史が判ったような気分にならない事(ノヴェルとして楽しむのはいっこうかまわないが)が教養がある、ということだ。
フランスのアナール学派や網野史観、あるいはポストモダンなどに興味がある人、ぜひこの本を一読して関心の整理をされることをお奨めする。ここ十数年で一番読みやすく役に立った新書である。
(2007-03-20)
とりあえず、従軍慰安婦問題はある程度知識があるので言うが、著者はろくに慰安婦関連の本を読んでいない上に、坂本多加雄氏の主張を歪曲している。
まず、従軍慰安婦問題で、秦郁彦の名前がまったく出てこない時点でおかしい。
取り扱いから見ても、さも実証学的には吉見氏の主張が全面的に正しいことが立証されているかのごとく書かれている。これは大いに誤りである。
この本を読んだ方は、慰安婦問題については、とりあえず「慰安婦と戦場の性」を読んでから判断していただきたい。
さらに、坂本氏は「歴史は物語なので、史実はわからないという立場(p97)」などではない。
坂本氏は、「まず、歴史研究は、来歴が言及する個々の事実の実証性を確証することで、その「真実性」を高める(「象徴天皇制度と日本の来歴」p29)」といっており、個別の歴史研究は物語としての歴史を支えるという立場である。つまり、歴史研究によって事実はわかるとしている。
坂本氏の主張は、無数の歴史事実を歴史に組み込むときには、必ず主観が介入するということである。例えば、日本史において「トイレの歴史」が出てこないのは、それが日本史において重要でないという主観的な判断が働いたためである。
その主観的部分を「国家に対する重要性」としたのが主張の根幹であり、それを「史実がわからない」などというのは歪曲以外の何物でもない。
そもそも、坂本氏が言う「慰安婦は他国に比べてとりわけ悲惨だったわけではない」というまっとうな主張を「古い」の一言で切って捨てる筆者の姿勢の方がよほど問題だろう。